善管注意に競業避止…取締役の義務と責任とは
取締役は、会社の業務執行に関しての意思決定をしたり、その監督を行ったりする役割を担います。会社の運営を任されている以上、その責任は重く、法律面でもさまざまな規定が設けられています。
特に会社法では、取締役の義務が定められています。本記事では、取締役が守るべき義務と、違反した場合に負う責任について説明します。
取締役が守るべき義務
取締役は会社を運営する立場なので、一般の従業員に比べて大きな権限を持っています。それを濫用されると会社に損害が及びます。そのため、会社法で以下のような義務が課されています。
善管注意義務
会社と取締役とは委任関係にあります。会社が取締役に、その運営を委ねている形です。その職務を行うにあたり、取締役には善管注意義務を負うとされています。
善管注意義務とは、「善良な管理者の注意義務」を略したものです。ここでは、取締役が会社を運営する際に一般的に取締役として期待されるレベルの注意を払う義務、を意味します。例えば、重大なリスクがあることに気づいていたのに故意に無視したり、取締役ならば気づかなければならないリスクを不注意で見逃したりした際には、善管注意義務を果たしていなかったとされる場合があります。
忠実義務
取締役は、法令、定款、株主総会の決議を遵守して、会社のために忠実にその職務を行わなければならない、とされています。これを忠実義務と言います。
社会通念上、あるいは会社の指針から判断して、取締役としてすべきことを実行しなければなりません。独断で会社の定款に反することを行う、会社より自分個人の利益を優先するなどの行為は忠実義務に背くものとされます。
競業避止義務
取締役は原則として、自社と競業する分野では、自分や第三者のために取引をしてはいけません。そのような、自社の顧客やノウハウを使って会社の事業と同種のビジネスを行うことを、競業取引と言います。取締役個人の知識や人脈であっても、基本的にはこれに含まれると考えて良いでしょう。
取締役が競業取引を行うと、他の会社や自分が利益を得て、自社はその機会を失うことになります。そのため会社に背く行為として禁止されています。
ただし、競業についての重要な事実を開示して、株主総会(取締役設置会社では取締役会)の承認を受けた場合には許されることがあります。
利益相反取引回避義務
利益相反取引とは、会社と取締役個人の利益が反し、取締役が得をする取引のことです。例えば、取締役の個人所有の建物を、会社の事務所として使うために、相場よりも高く会社が購入するような取引が該当します。
取締役の職務は会社を正当に運営すること、言い換えれば、会社の存続を目的として意思決定などをすることです。会社が損をして取締役が得をする取引は、その職務に反しています。
ただし、この利益相反取引についても、株主総会(取締役設置会社では取締役会)の承認を受けた場合は許されることがあります。
報告義務
取締役は、他の取締役が会社に対して著しい損害を与えるおそれがある事実を発見したら、それをすぐに株主や監査役に報告しなければなりません。
取締役は会社の意思決定を行う立場なので、会社にとって損なことでもできてしまいます。それを制御するために、競業避止義務や利益相反取引回避義務のように、株主総会や取締役会で相互に監督し合う形になっています。しかし本来は制御されたはずの取引などでも、その事実を知っていた取締役が報告しなかったら、そのまま行われてしまいます。そのため、取締役に報告義務が課されています。
取締役の責任
ここまで取締役に課せられた義務について見てきました。これらの義務を果たさなかった場合や、その結果として会社に損害を与えた場合には、以下のような罰則が課せられる場合があります。
会社に対する損害賠償責任
取締役の行動や意思決定によって会社に損害を与えた場合、取締役に会社に対する損害賠償責任が生じます。会社への賠償責任が生じる原因には以下のようなものがあります。
競業取引を行った場合
取締役の守るべき義務の中に競業避止義務がありましたが、それに反した場合には損害賠償責任が発生します。
取締役が自社の資源を使って自分のために取引を行えば、利益を上げやすくなるのは当然です。そして、本来その取引は自社が行える範囲のものですので、自社は利益を上げる機会を取締役に奪われたと見ることができます。そのため、取締役が競業取引によって得た利益の額が、会社が被った損害の額と推定されます。会社はその金額を損害額として賠償請求することができます。
利益相反取引を行った場合
取締役には利益相反取引回避義務があります。会社の利益を犠牲にして、取締役自身や第三者に利益を与える取引をするのは禁じられています。
取締役会などの承認を受けずにそのような取引を行った取締役は、原則として損害賠償責任を負うことになります。
ただし、取締役会などの承認があった場合でも、単純にすべて許されるわけではありません。利益相反取引を行った取締役と、それを承認する決議に賛成した取締役、会社が利益相反取引をすることを決定した取締役にも、任務懈怠責任が問われることがあります。取締役会の内部で結託して利益相反取引を行うことを防ぐためです。これは、競業取引についても同じです。
任務懈怠責任に反した場合
任務懈怠責任は、取締役としての任務を怠った際に問われる責任です。上記の競業取引や利益相反取引に比べて、より幅広い内容を含みます。
取締役が職務を行うために法令などに違反したり、会社に法令違反をさせてはいけません。また、会社や他の取締役などが違法な行為をしていることを見逃してもいけません。これらは任務懈怠責任を問われます。
また、故意でなくても任務懈怠責任を問われることがあります。会社や他の取締役が違法行為を行っているのに気づかなかったり、会社の事業に関する意思決定が誤りだったりした場合です。ただし、企業経営に関する判断は、取締役本人の能力だけでなく経営環境などにも影響されます。責任がその取締役にあるかどうか、判断過程などを振り返って判断されることになります。
これらの、取締役が行ったこと、あるいは行わなかったことで会社が損害を被った場合には、会社はその損害額を取締役に請求することができます。
違法配当の議案を提出した場合
株式会社は利益を株主に配当して、その出資に還元します。ただし、配当できる額は会社法で定められています。その額を超えて配当することは会社の利益を損なったり、会社の経営土台を危うくしたりするおそれがあるので禁じられ、違法配当とされているのです。
もし、取締役が違法配当の議案の提出をすれば罰せられます。また、提案した取締役以外も、その配当に賛成したり、配当金の交付手続きを行ったりした取締役も罰せられます。
この場合は、まず株主が違法に配当された金額を会社に返却しなければなりませんが、それができなかった場合には当該取締役がその金額の支払い義務を負うこととなります。
株主に対する利益供与を行った場合
会社は、株主の権利の行使に関して、利益を与えてはいけません。例えば、株主総会の決議に賛成してくれたら謝礼を支払う、などといったことは禁じられています。
もし、株主に対しての利益供与が行われた場合には、その株主は受け取った利益を会社に返還しなければなりません。また、その利益供与に関わった取締役は、会社が株主に渡した利益相当額を会社に支払わなければなりません。
株主代表訴訟
取締役が会社に対して損害を与えた場合には、会社が損害賠償請求を行うことができます。ただし、請求を行うかの判断は、取締役会に委ねられている場合もあります。つまり、取締役会が自らの経営判断の失敗を軽微なものとして、責任はなかったと言い逃れることも可能なのです。
そのような過程で会社が取締役に損害賠償を求めなかった場合などには、株主が訴訟を起こすことができます。これを株主代表訴訟と言います。
第三者に対する損害賠償責任
取締役の損害賠償責任は、会社の外にも及ぶことがあります。通常、取締役の行為や経営判断についての責任は自社の内側にとどまります。ただし、取締役がその職務を行うにあたって、故意に義務や責任に反することをした場合や、故意でなくとも取締役としてふさわしくない過失があった場合には、その限りではありません。第三者からも損害賠償を請求されることがあります。
取締役は会社のために行動する役職
取締役の行動や判断は会社に非常に大きな影響を与えます。そのため、様々な義務が課されていて、背いた場合には罰則も規定されています。
法律上、様々な規則がありますが、原則としては、取締役は会社のために行動する、というものです。
自分自身が取締役を担う場合だけでなく、株主としても、あるいは取引相手などとして、さらには一般消費者であっても、監視や指摘は可能です。また、株主として利益供与などを要求するのも違法となります。取締役の基本的な義務と罰則について認識しておきましょう。