労務の手続き⑭~給与に大幅な変更があった時~
事業を急速に拡大すると、従業員の給与を大幅にアップするケースがあります。反対に、業績が極端に落ち込んでしまったら、従業員の給与を下げざるを得ないケースも生じるでしょう。
そのように、給与に一定水準以上の大幅な変動が生じると、社会保険や労働保険で手続きが必要になります。そこで、今回は、それらの手続きについて解説します。
給与に大幅な変更があった場合の社会保険の手続き
給与(固定的賃金)に大幅な変更があった場合に必要になる手続きに、「月額変更届」(正式名称は「健康保険・厚生年金保険被保険者報酬月額変更届」)を管轄の年金事務所に提出することがあります。
そこで、この届出書について解説していくわけですが、最初に社会保険料の計算方法について概説してから、月額変更届が必要となるケースを説明し、最後に、この手続きの具体的な内容を解説します。
社会保険料の金額の計算方法
健康保険料や厚生年金保険料は、毎年、被保険者が4~6月の3か月間に受けた報酬の総額を3で割って計算した金額を、健康保険・厚生年金保険料額表に当てはめて、標準報酬月額の等級を定め、7月に算定基礎届として管轄の年金事務所に届け出ます。
標準報酬月額の等級は、健康保険が第1等級の58,000円から第50等級の1,390,000円まで、厚生年金保険が第1等級の88,000円から第31等級の620,000円まで、それぞれ10,000円~20,000円の幅で、定められています。
社会保険料の計算例
4月の報酬が270,000円、5月が280,000円、6月が278,000円だとすると、3か月の報酬の合計額が828,000円となります。828,000円を3で割ると276,000円です。平均が276,000円の場合、健康保険21等級・厚生年金18等級の280,000円が標準報酬月額となります。
7月に届出のあった標準報酬月額は、その年の9月から翌年の8月までの間の社会保険料の計算の基礎となる金額として使用されます。
例えば、東京都内に所在する事業所にお勤めの方(40歳未満)の標準報酬が280,000円の場合、健康保険料280,000円×健康保険料率9.90%×被保険者負担割合50%=13,860円、厚生年金保険料280,000円×厚生年金保険料率18.3%×被保険者負担割合50%=25,620円となります。
※計算式は令和元年5月現在(東京都)のものですので、実際に計算する場合は、最新の健康保険・厚生年金保険の保険料額表を確認します。
月額変更届が必要となるケース
年度途中で固定的賃金が大幅に変動した場合、4~6月の3か月の平均で決定した標準報酬月額で9月から翌年8月までの1年分の社会保険料にしていたのでは、その期間の社会保険料の水準が現実とかけ離れたものになってしまいます。
そこで、連続する3か月間の平均報酬月額から算出する標準報酬月額が、保険料額表の等級で2等級以上上がったり下がったりする場合には、最初に給与等の変動のあった月から起算して4か月目に、管轄の年金事務所に届け出ることによって、標準報酬月額を改定(変更)できることになっています(この方法による標準報酬の改定を随時改定と言います)。
その際に提出する書類を、「月額変更届」(正式名称は「健康保険・厚生年金保険・被保険者報酬月額変更届」)といいます。随時改定で決まった標準報酬月額は、原則として、次の算定基礎届による標準報酬月額が適用されるまで、被保険者の社会保険料の計算の基礎となる金額となります。
月額変更届の具体的な手続き
月額変更届の様式は、日本年金機構のホームページからダウンロードすると便利です。
書面作成に当たっては、報酬の計算が少しややこしいですが、報酬を正確に計算できる方であれば、記載例を見ながら作成することはそれほど難しくはありません。ご自身で書類を作成するのが忙しくて大変だったり、ご不安に感じたりする方は、この手続きの代行ができる社会保険労務士等に依頼する方法もあります。
すみやかに提出する
月額変更届の提出期限は、「すみやかに」となっています。固定的賃金の変動があってから4か月目に入ると、変更届の提出が可能になるので、4か月目に入ってから「すみやかに」提出しましょう。
月額変更届の添付書類
添付が必要な書類は原則としてありませんが、年間報酬の平均で算定することを申し立てる場合は、次の添付書類が必要です。
(様式1)年間報酬の平均で算定することの申立書(随時改定用)
(様式2)健康保険厚生年金保険被保険者報酬月額変更届・保険者算定申立に係る例年の状況、標準報酬月額の比較及び被保険者の同意等(随時改定用)
また、提出が60日以上遅れた場合や、標準報酬月額の等級が5等級以上下がる場合には、以下の書面を届出書に添える必要があります。
<被保険者が従業員の場合>
・固定的賃金の変動があった月の前月から改定月の前月まで(合計4か月分)の賃金台帳のコピー
・固定的賃金の変動があった月から改定月の前月まで(合計3か月分)の出勤簿のコピー
<被保険者が役員の場合>
・固定的賃金の変動があった月の前月から改定月の前月まで(合計4か月分)の賃金台帳のコピー
・所得税源泉徴収簿のコピー
・固定的賃金(報酬)の変動を確認できる以下の①~③のいずれかひとつ
①株主総会又は取締役会議事録
②代表取締役の報酬決定通知書
③役員間の報酬協議書
④債権放棄を証する書類
給与額の大幅変更があった場合の労働保険の手続き
労働保険料は、毎年度の初めに1年間分の保険料を、その期間の賃金見込額に労働保険料率を乗じて計算して、その金額を納付します。
給与額の大幅な変動によって、先に申告納付した概算保険料の算定基礎となった賃金総額の見込額が大幅に増加し、それにより算定した概算保険料が一定額以上に増加する場合は、手続きが必要になります。
増加概算保険料申告書の提出が必要になるケース
給与が大幅に増加して、増加後の保険料算定基礎賃金見込額が、増加前の保険料算定基礎賃金見込額の2倍を超え、かつ、増加後の保険料算定基礎賃金見込額で計算した概算保険料額と、すでに納付した概算保険料との差額が13万円以上となる場合です。
従って、給与が多少上がった程度では、労働保険に関しては、特に手続きが必要になることはありません。ただし、上記の要件に該当するほどの大幅な給与の増加がある場合には、労働保険増加概算保険料申告書を、金融機関や管轄の労働基準監督署などに提出し、概算保険料の増加分を追加納付する必要があります。
増加概算保険料申告書の様式の入手方法
増加概算保険料申告書の用紙は労働基準監督署の窓口などで交付を受けることができます。厚生労働省のホームページからダウンロードによって取得することもできます。
書類作成は難しいところもありますが、賃金総額の計算が正確にできれば、事業主の方がご自身で作成できるでしょう。もし不安があれば、専門家(社会保険労務士)に手続きを依頼することも可能です。
まとめ
給与が大幅に上がった場合、一定以上の基準を満たしていれば、社会保険の方では月額変更届の提出が必要になりますし、労働保険の方では、増加概算保険料申告書の提出が必要になります。
一方、給与が大幅に下がった場合、一定の基準を満たしていれば、社会保険の方では、上がった場合と同じように、月額変更届の提出が必要になりますが、労働保険の方は、特に手続きは不要です。