労務の手続き⑰~従業員が60歳になった時~
最近では65歳までの継続雇用制度を導入する企業が増え、それに伴って、従業員が60歳に到達した時に、一定の手続きが必要になるケースが増加しています。
そこで、今回は、従業員が60歳になった時の労務の手続きについて解説していきます。
雇用保険の高年齢雇用継続基本給付金の手続き
60歳以上65歳未満の雇用保険被保険者が一定の要件を満たす場合、ハローワークに手続きをすることによって「高年齢雇用継続基本給付金」を受給することができます。
60歳超への定年延長に伴い、60歳でいったん退職した従業員が嘱託職員や臨時職員として再雇用されると、賃金は正社員の時よりも大幅に下がるケースがあります。
そこで、60歳以降の就労を促進するために、賃金低下分の一部を雇用保険から補てんすることが「高年齢雇用継続基本給付金」の目的です。
受給要件
高年齢雇用継続基本給付金を受給するには、以下のすべての要件を満たす必要があります。
(1)60歳以上65歳未満の雇用保険の一般被保険者であること
(2)被保険者であった期間が5年以上あること
(3)原則として、60歳以後の賃金が60歳時点の賃金の75%未満に低下していること
(2)については、離職等による被保険者資格の喪失から再就職等による新たな被保険者資格取得までの期間が1年以内で、その間に、求職者給付や就業促進手当を受給していない場合には、過去の被保険者であった期間を通算することができます。
手続きの手順
高年齢雇用継続基本給付金を受給するためには、まず、被保険者が「受給資格確認票・(初回)支給申請書」に記入し、事業主に提出します。その後、事業主は内容を確認し、賃金証明書を加えた上で、管轄のハローワークに提出します。
管轄のハローワークでは、提出された書類を審査して、受給資格を確認できた場合には、「受給資格確認通知書・支給決定通知書」と「支給申請書(2回目分)」を事業主に交付します。ハローワークの審査で受給資格が確認できなかった場合には、「不支給決定通知書」のみが事業主に交付されます。
給付金の受給が可能な場合、事業主は、ハローワークから交付された書類を、被保険者に渡します。
手続きで提出する書類
高年齢雇用継続基本給付金の受給手続きで必要な書類は、以下のとおりです。
・高年齢雇用継続給付金支給申請書
※初回申請は、「高年齢雇用継続給付受給資格確認票・(初回)高年齢雇用継続支給申請書」を使用する
・払渡希望金融機関指定届
・雇用保険被保険者六十歳到達時等賃金証明書
(60歳到達時賃金は、原則として、60歳の前日から遡って6か月間に受けた賃金総額を180で割って算出する)
・高年齢雇用継続給付受給資格確認票
・支給申請書と賃金証明の記載内容が確認できる書面(賃金台帳、労働者名簿、出勤簿など)
・被保険者の年齢が確認できる書面(住民票の写しや運転免許証など)
提出先、提出時期
提出先は、管轄のハローワークです。
提出時期は、初回は、最初に支給を受けようとする支給対象月の初日から起算して4カ月以内です。この期間を過ぎた場合、給付金を受けられなくなるので注意が必要です。
2回目以降は、2か月ごとに申請します。2回目以降の申請の申請時期は、初回申請の承認の際に交付される「高年齢雇用継続基本給付金支給決定通知書」に記載されます。初回は、高年齢雇用継続給付受給資格確認票と一緒に支給申請書を提出しますが、2回目以降は、支給申請書のみを管轄のハローワークに提出します。
支給金額の計算方法について
高年齢雇用継続基本給付金の支給金額は、支給対象月に支払われた賃金額に、賃金の低下率に応じて設定された支給率を乗ずることによって、支給額を決定します。
低下率は、支給対象月に支払われた賃金額÷60歳到達時の賃金月額×100で算出します。
低下率に対応した支給率は、以下のとおりです。
低下率 | 支給率 | 低下率 | 支給率 |
75%以上 | 0% | 67% | 7.8% |
74% | 0.88% | 66% | 8.91% |
73% | 1.79% | 65% | 10.05% |
72% | 2.72% | 64% | 11.23% |
71% | 3.68% | 63% | 12.45% |
70% | 4.67% | 62% | 13.7% |
69% | 5.68% | 61%以下 | 15% |
68% | 6.73% |
60歳到達時の賃金日額は、算定した金額が476,700円を超える場合には、476,700円となります。また、算定した金額が75,000円を下回る場合には75,000円となります。
高年齢雇用継続基本給付金の支給限度額の上限金額は363,359円で、支給対象月に支給された賃金と本給付金の合算額が363,359円を超えた場合には、363,359円から支給された賃金額を控除した金額が、支給額となります。
また、上記で計算した支給額が2,000円を超えない場合には、本給付金は支給されません。
給付金の計算例
60歳到達時の賃金月額が30万円、支給対象月に支給された賃金額を18万円とします。
この場合、賃金低下率は18万円/30万円=60%で61%以下となっていますから、支給率は15%になります。従って、支給金額は18万円×15%=27,000円となります。
60歳到達時の賃金月額が30万円、支給対象月に支給された賃金が26万円のケースでは、低下率が75%以上となるので、高年齢雇用継続基本給付金は支給されません。
また、支給対象月に支給された賃金が8,000円の時は、支給金額が2,000円に満たないので、この場合も給付金は支給されません。
退職・再雇用の社会保険の手続き
高年齢者雇用安定法第9条では、65歳未満の定年制を実施している企業に対して、以下の3つの措置のうちのいずれかを実施することを義務化しています。
①65歳までの定年引き上げ
②希望者全員を対象とする65歳までの継続雇用制度の導入
③定年制の廃止
これによって、60歳定年制を定めている企業の多くが、65歳までの希望者全員の継続雇用制度を導入しています。その結果、60歳で一度定年退職し、すぐに再雇用されるという就労パターンが多くなっています。
被保険者資格の同日得喪手続きについて
60歳で一度定年退職し、すぐに再雇用される場合、再雇用後の固定的賃金(基本給)が60歳の時点でのそれよりも大きく低下するケースが多くなっています。
通常の場合で、標準報酬の随時改訂を行った場合には、標準報酬が下がって社会保険料の支払額が低下するのは、再雇用から4か月目に入ってからになります。このケースでは、標準報酬が下がるまでの3か月間は、基本給は下がったけれども、給料から天引きされる社会保険料は、基本給が高かった再雇用前の標準報酬によって計算されるという不具合が生じます。
そこで、定年退職・再雇用に限り、定年退職時に被保険者資格の喪失届を、再雇用に新たに資格取得届を提出し、その資格取得届には、再雇用後の低い基本給で計算した標準報酬を申告するという方法が認められています。このように資格喪失日と資格取得日が同日となることから「同日得喪」と呼ばれます。
この方法を取れば、再雇用後の保険料は、すぐに、低下した固定的賃金に見合った水準に調整されます。
まとめ
以上のとおり、従業員が60歳になった時は、いくつかの手続きが必要です。
簡単にまとめると、雇用保険の高年齢雇用継続基本給付金の要件を満たす場合にはその受給手続きを行います。60歳で1回退職して、すぐに再雇用となる場合には、労働契約の変更手続きが必要です。そして、固定的賃金が変動する場合には、社会保険の同日得喪手続き(資格喪失届と資格取得届を同時に提出すること)が必要になります。ぜひ覚えておきましょう。