リーガルメディア > 労務 > 労務の手続き > 労務の手続き⑪~固定残業制の概要と導入方法について~
労務の手続き

労務の手続き⑪~固定残業制の概要と導入方法について~

2019年4月から「働き方改革関連法案」が順次施行されています。この「働き方改革」の本格始動に合わせて、日本のリーディング企業であるトヨタ自動車が2017年12月から固定残業制を導入したことが注目を集めています。

固定残業制は、かつては、企業が労働者に支払う労務費を削減する制度として利用されていた節がありますが、現在では、そういった目的でこの制度を導入することは不適切なことだと解釈されており、労働者側に有利な制度であると考えられています。

今回は、固定残業制について、その制度概要や導入方法などについて書いていきます。

固定残業とは

固定残業制は、実際の残業時間に関わらず、毎月、必ず一定額の残業代を支給する制度です。

例えば、トヨタ自動車が2017年12月に導入した固定残業制の内容は、以下のとおりです。

・対象は入社10年目以上の係長級のうちの希望者
・固定残業手当額は、残業時間45時間分として月17万円を固定的に支給する
・残業手当は、月の残業時間が45時間を超える場合には、超過分を支給する

固定残業制を採用した場合、トヨタの例でいえば、1月の残業時間が45時間であっても、0時間であっても、対象者は17万円の固定残業費の支給を受けることができます。

通常の賃金制度では、残業費は残業時間に比例して支給されるので、残業時間が0時間であれば、残業代が支給されることはありません。また、残業時間が異なる2人の人に同じ金額の残業代が支給されることもありません。

しかし、固定残業費の場合、残業代が0時間でも残業代が出ますし、残業時間が異なっても、原則として、同じ金額の残業代が支給されます。

固定残業制の導入方法

固定残業制を導入する場合には、就業規則(就業規則の賃金に関する部分を独立させて別に賃金規定を設けている場合は当該規定)でその内容を定めなくてはなりません。

就業規則等を変更した場合には、労働者の過半数を代表する者等の意見書をつけて、労働基準監督署に届出をする必要があります。

就業規則等で固定残業制に関する規定を定める場合には、以下の点に注意しなくてはなりません。

・固定残業費が割増賃金の支払いの趣旨で支給されることを明確にすること
・固定残業費を上回る残業代が発生した場合、超過分を支給する旨を規定すること
・固定残業費が、時間外割増賃金のほか、休日割増賃金や深夜割増賃金に充てられるかどうかを明確に規定すること
・毎月の給与明細に、固定残業代と、固定残業代に対応する残業時間数を記載すること

これらのポイントを遵守せずに、固定残業制導入のための就業規則等の変更を行った場合、労働基準監督署から指導を受けることがありますので、注意が必要です。

固定残業制を正しく導入するためには様々な専門知識が必要になります。手続き自体を弁護士か社会保険労務士などの専門家に依頼するか、あるいは、導入に当たって、それらの専門家の意見を聞いた方が無難です。

固定残業制導入の注意点

トヨタ自動車の導入した固定残業制のように、基本給を下げない固定残業制はとくに大きな問題はありませんが、今まで支給していた基本給の一部を固定残業費として支給するような場合は注意が必要です。

例えば、月の基本給が25万円の会社が、固定残業制の導入で、基本給を25万円のままにして、毎月5万円の固定残業費を支給するというのは特に問題がありません。しかし、月の基本給が25万円の会社が、月の基本給を20万円に下げ、差額の5万円を固定残業代として支給するという場合は、法律(労働契約法第9条)で禁止されている労働条件の不利益変更に当たり、合理的な理由がない限り、このような変更はできません。

以前は基本給としていた金額の一部を固定残業費として支給する場合は、仕事の内容が固定残業制導入の前後で全く変わらないとすれば、基本給の合理的な理由がない一方的な引き下げになるため、固定残業制の導入が否定される可能性があります。

仮に、こういった形の固定残業制を導入した場合、企業の方は給与支払額を削減できるので得をしますが、労働者の側からすると、実質的には給与を引き下げられるので、損をします。こういった形での制度の導入は、労働条件の不利益変更に該当しますので、合理的な理由がないとできないと解釈されています。

基本給の金額をそのままにして、固定残業制を導入した場合、実際の割増賃金の金額が固定残業費以下の場合には固定残業費を支給しなければならず、実際の割増賃金が固定残業費の支給額を超える場合には、固定残業費を支給した上に、さらに超過分の割増賃金を支給する必要があります。

同じ残業時間数を想定して固定残業制を導入した場合、その制度を導入しない場合よりも、企業が負担する労務費は増加する可能性が高くなります。

法律の定めに従ってこの制度を運営した場合、メリットを享受するのは企業側ではなく、労働者側だということができます。

固定残業制度を導入する場合のメリット

仕事が早い従業員は、残業時間が少ないので、割増賃金を少ししかもらえません。反対に、仕事に時間がかかる社員は、残業時間が多く、割増賃金をたくさんもらえます。基本給の金額を同じとした場合、仕事が早くできる従業員が受け取る賃金(基本給₊割増賃金)の金額が、仕事が遅い従業員が受け取る賃金の金額よりも少なくなるという逆転現象が起こります。

固定残業制を導入した場合には、残業時間が極端に多いケースを別とすれば、こういった逆転現象は回避できます。それどころか、水準以上に仕事が早い従業員は、短時間の残業でも一定水準の固定残業費が受け取れます。また、残業代を稼ぐためにわざと残業時間を増やす行為も少なくなりますので、残業時間の削減に役立ちます。

会社は、固定残業制を導入した場合であっても、従業員一人ひとりの労働時間を把握する必要があります。しかし、月何時間分という固定残業費の基準に満たない残業時間の従業員に対しては、割増賃金の金額を計算する必要はなく、固定残業費のみを支給できます。割増賃金を計算するのは、固定残業費の基準残業時間を超えた残業を行った者のみになりますので、給与計算業務が簡単になります。

かつては、固定残業費は、基本給の実質的な引き下げを目的としてよく導入されていましたが、現在では、裁判判例や通達によって、そういった目的での固定残業費の導入はできないと解釈されています。会社が負担する労務費の削減を目的としては、この制度は導入することはできません。